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下校時刻はとうに過ぎた。 帰宅の途につく生徒達の声はもう聞こえない。 新学期初日ということもあり、部活もない。 静まり返った校庭を、操はフェンス越しに見下ろす。 「案外、綺麗なものね」 校舎の屋上に来たのはこれが初めてだった。入れることは知っていたが、今まで来る用事が無かったから。 茜に染まる空。 高い所だからか、心地よい風が吹き、下ろした髪をそよぐ。 「ふっ」 風を少しだけ捕まえて、遊ばせる。 手の平で踊る風。素直で従順。 こんなにも優しい風を操れることを、とても嬉しく思う。 「……来たわね」 鉄製の扉が開く、鈍く重い音。 呼び出した人物が来たようだ。 風を逃がし、操は音のした方を向く。 「お待たせしました」 立花千歳が、こちらに向かって歩いてくる。 初めて会った時のように、臆することも、おどおどすることもなく、落ち着き払った様子で。 「ごめんね。呼び出しちゃって」 「いいえ。大事な話なら、然るべき所でするのが当然です」 そう。 千歳には大事な話があると言ってここに呼び出したのだ。 言葉にしたことはないが、彼女は大切な友人。その友人に対して、言わなければならないことがある。 「単刀直入に言うわね」 「はい」 向き合う二人。 しばしの、沈黙。 「――私は、優一が好き」 強い風が、二人の間を吹き抜ける。
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