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水中に飛び込むとひんやりとした冷たさが空気のヴェール越しに伝わってきた。
濁りが一つもない透き通った水。
そこに夕日が差し込み、ほの紅く染まっている。
(綺麗……)
敵の懐だというのに、操はその幻想的な情景に心を奪われていた。
「集中しろ。ここではお前が要なんだ」
しかし優一の冷静な一言によって直ぐ様現実へと引き戻される。
「分かってるわよ」
雰囲気をぶち壊しにされて少し頭に来たが、ここは優一の言が正しい。
もし先の間に攻撃を受けたら。
操は気を引き締めた。
「ウンディーネの野郎はどこだ?」
稔が周りを見回す。
右、左、下、頭上。どこにもウンディーネの姿はない。
「隠れている……のでしょうか?」
千歳が首を傾げる。
「まさか。隠れられるような場所なんてどこにもないぜ?」
澄み渡った水中の視界は良好。この空間も底こそ深いものの、それでも見通せる程である。無論、隠れられるような場所や障害物など、どこにも見当たらない。
「気味が悪いわね」
操が寒気を覚えたのは、冷気だけではないだろう。
ウンディーネと優一が対峙した時に見た、彼女の持つ恐ろしい何か。快楽殺人者が人を殺める時のような狂気。
幼い容姿の裏には、狡猾で残忍な性格が隠されているような気がした。
羊の皮を被った狼。
まさにそんな喩えがぴったりだ。
「どう?優一」
優一を見上げる。彼は右手で口元を被うようにして、眉を険しくひそめていた。
「どうしたの?」
操が再度訊くが、答えない。
彼は眉をひそめたまま周囲を見渡し、何かを考えるように鼻で息をついた。
それきり口を聞こうともしない。
「……」
沈黙が支配する。
まるで酸素が薄くなっているような、息苦しく重苦しい雰囲気が立ちこめる。
「……そうか」
皆が不安になってきた頃、やっと優一が口を開いた。
「なるほど。これが奴の手管か」
険しい表情をそのままに、腕組みをする。
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