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『ざーんねん。外しちゃったかぁ』
突然、虚空より声が響いた。
幼い少女の声。心底愉快そうである。
「出やがったな。つくづく性格の悪い野郎だ」
姿が見えているのなら、一撃喰らわせてやるぐらいの算段はある。しかし見えない。捉えられない。
優一は悔しさを握り締めた。
『でもー。私の手は、これだけじゃないんだからね』
その言葉が終わると、四人の遥か頭上に透き通った魚が次々と生み出された。大きいものから小さいもの、見たことのあるものから見たことのないものまで、実に様々である。
数は、正直数えたくない。
『うふふ。この子たちを相手に、一体いつまで持つかしらね?』
魚たちが、一斉に優一たちを見下ろした。
「じ……冗談じゃねぇぞ……」
稔は顔を青ざめた。
たかが魚ごときに、なんでこんな恐怖感を覚えなければいけないのか。
しかし、魚たちの眼光は、彼らが明確な殺意を持っていることを証明するかのように、鋭い。
「そんな……」
千歳はその眼光に射すくめられ、圧倒されている。
「どうしても脱出させない気だな。目的はこれだったのか」
「どうするのよ。これから」
しかしそんな絶望的な状況下でも、この二人は希望を失ってはいなかった。
「俺が攻撃を引き受ける。お前は逃げることだけを考えてくれ」
「分かったわ」
何が起きても決して諦めない。シルフとの戦いで轡を並べた時、操はそれを教えられた。
他でもない、優一に。
「優一」
「なんだ?」
今にも襲い掛かってきそうな魚たちを前にして、それでも操は力強く笑ってみせた。
「私、信じてるからね」
優一は背中を向けたまま。どんな顔をしているのか分からない。
「……任せろ」
でも、何となく笑っているような、そんな気がした。
『そぉれ!いきなさい!』
ウンディーネの声がこだまする。
戦いの火蓋は切って落とされた。
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