青く透き通る悪魔

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飛翔する空気の球体が魚の群れを裂く。その様は、かつて大海原を二つに切り裂いたモーセのよう。 地上という楽園を目指して、球体はひたすら飛翔する。 突撃を仕掛ける魚たちはことごとく破砕される。大きいものから小さいものまで。何一つ、例外なく。 『あはははは!やっと本気を出したわね!』 ウンディーネは心底愉快そうだった。手下を打ち砕かれている今でさえ、声高らかに笑っている。 自分の手の平で踊る愚かな生物を眺めるのは、何にも変えがたい快感だった。 『じゃあ、これはどうかしら?』 ふと、球体を取り巻く魚たちの姿が消えた。水を操るエーテルを解いたのだ。 その代わり、水面付近にエーテルを集める。 途端、水が怒濤の如く運動を始めた。 『うふふ。完成』 縦渦を巻き、横渦を巻き、出来上がったのは、巨大なジンベエザメ。体が透き通っていること以外は、本物のそれと何ら変わりはない。 『そぉれ!行きなさい!』 ジンベエザメがゆっくりと下を向く。そして、体をしならせるようにして勢いをつけ、その巨体に似合わぬ加速を見せた。 その先に見据えるは、飛翔を続ける球体。 仲間を散々葬った人間を飲み込まんと、重たい扉のような大口を解放する。 『あはは!どう切り抜けるのかしら!!』 衝突の刹那。 球体の中の小柄な少女は顔を背けた。 背の高い少年は目を瞑った。 もう一人の少女は眼前の背中を見つめていた。 見つめられた少年は、球体を一気に加速させた。 ――ドン 水中機雷が爆発するような、鈍い音。ジンベエザメの頭の辺りが大きく膨らんだ。 その爆発は勢いを増して上昇していく。 胸ヒレ、腹、背中の後方。 最後に尾ヒレでの付け根で爆発すると、その中から飲み込まれた空気の球体が現われた。 『……へぇ。なかなかやるじゃない』 ウンディーネは、水面から飛び出す球体をただただ見送っていた。崩れ落ちるジンベエザメを回復させることもなく、他の魚を作り出すこともなく。 『待ってなさい。あなた達は、絶対に逃がしてあげないんだから』 誰も居なくなった水の中。 ウンディーネの声だけがたゆたっていた。
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