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水の冷たさがダイレクトに伝わってくるような感覚を覚えた。無論、そんなものは錯覚でしかない。
なぜなら水に飛び込む直前に、自分の体を風の膜で包んだから。今回は一人だから、自分の体をぴったり包み込むような感じでいい。
「操!」
届かないと分かっていても声を上げてしまう。
ウンディーネに抱えられた操はパニックを起こしていた。息が出来ない苦しさと、水の底に引きずり込まれる恐怖からか、もがき苦しみ、大量の空気を吐き出している。
追う優一の体には、その気泡が幾度となくぶつかってくる。
「お前は風の使い手だろうが!」
風を操って自分の体に纏わせれば、呼吸くらいは確保出来る。その冷静さも残っていないらしい。
少し、ほんの少しの冷静さが残っていれば、それを見事にやってのけるのに。
操の力量は、優一が一番よく知っている。
「なんでもっと速く進めないんだよ!」
さっきから全力で飛ばしているのに、一向に距離が縮まらない。魚の妨害がないのに、追い付くことが出来ない。
操の苦しげな表情が痛々しい。こうしている間にも、タイムリミットは迫ってきている。
『やっぱり追ってきたぁ』
ウンディーネは操の後ろから声を響かせる。水中を伝わってくる声には、遊びを満喫しているような雰囲気があった。
『いいわ。その勇気に免じてこの娘は解放してあげる。もっとも、もう手遅れでしょうけどね。あはははは!』
高笑いと共にウンディーネが消えた。どうやらまた水に姿を溶け込ませたらしい。
「操!!」
解放された操はゆっくりと上昇してくる。優一は全速力で疾走し、操に向かって手を伸ばす。
それに気付いた操も、優一に向かって必死に手を伸ばす。
しかし、その手が届くことはなかった。
「操!?」
あと少しで操の手に届こうかというとき、彼女は一回だけ、大きく気泡を吐き出した。
伸ばした手から力が抜け、操はぴくりとも動かなくなった。
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