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「ありがとう。……あなたも、助けてくれたのね」
何となくそんな気がした。
意識が戻った時、左手に温もりを感じていた。それは自分の体にエーテルが流れ込んできているような、そんな感覚だった。
この中で、他人のエーテルにも干渉出来る人間は一人しかいない。
「ありがとう」
だき抱えるようにして腰に回った千歳の手に、操は自分の手を重ねた。
「いいえ。私は何もしていませんよ」
千歳は重ねられた手を握る。操も応じて、握り返した。
二人は互いの顔を見合い、笑った。
「くそっ。生木じゃないのって言ったら枝ぐらいしか……。桐生さん!!」
森の奥から木の枝をしこたま抱えた稔が駆け寄ってきた。
「よかった!気が付いたんだね!」
「ええ。高橋君にも心配かけちゃったわね。ごめんなさ――」
稔は操の言葉を遮るように木の枝を降ろした。
「謝られるようなことはしてないよ。それより水に濡れてるんだ。今火を起こすからちょっと待って……優一!そこ邪魔だからどけ!」
「うん。下心じゃないんだよ本当に……え?なんだ稔か」
どこか寝呆けているような優一の発言。稔は腰に手を当てて不機嫌そうに言い放つ。
「なんだじゃねぇよ。それより、さっさとそこをどけ。そんなとこに居られたら火を起こせないだろう?」
優一が陣取っているのは操の目の前。火を起こすにはぴったりな場所だ。
「お、おぉ。すまない」
優一は慌てて立ち上がった。
「はぁー。どうも調子が狂ってる。ちょっと頭を冷やしてくるよ」
そういって立ち去ろうとする優一。
「優一」
操が呼び掛けると、優一は足を止めた。しかし、顔は決してこちらに向けようとはしない。
「ありがとう」
優一が返事をする前に、操は自分の言いたいことを言った。
千歳が助けてくれた。
稔も協力してくれた。
しかし、一番頑張ってくれたのは、優一だ。
水中に引きずり込まれて、息が出来なくて、苦しくて。そんな状況下で、優一が必死の形相で手を伸ばしてくれた時、自分はどんなに嬉しかったことか。
生憎その手は掴めなかったけど、胸に微かな痛みが残っている。これは多分、心臓マッサージをしてくれたからだろう。
蘇生術はそれだけではない。自分を生き返らせてくれたのは、間違いなく――
「無事なら、それでいい」
優一は呟くようにそう言うと、木々の間に姿を消した。
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