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「……まぁ、お前がいいんならそれでいいけどさ」
優一はばつが悪そうに鼻を掻いた。少しだけ顔が赤いように見えるのは、多分気のせいではないだろう。
普段は見せないそんな姿が何だかおかしくて、操はちょっとからかってみたくなった。
「それにあなた、私が目を覚ましたとき、泣いてたでしょ?」
そう。
三途の河岸から帰還を果たし、まず最初に目に飛び込んできたのは、目に涙を貯めた優一の顔。
本人が気づいてないはずは多分ない。触れられたくないものなのだと思った。
だから、もっと面白い反応をしてくれると思った。
「……」
しかし優一はそんな操の思惑に反し、動かしている足をぴたりと止めた。
「どうしたの?」
そして、頭にクエスチョンマークの浮かんでいる操の顔を、無言のまま見つめる。
「……」
しばしの沈黙が二人の間を支配する。
「な、なによ?」
沈黙に耐えられなくなった操の顔を、それでも優一は無言のまま見つめ、そしてはっきりとした口調で言った。
「お前に死なれたら困るからな。主に俺が」
「えっ――」
どういうこと。
そう訊くより早く、優一は歩き始めてしまった。
「早く帰ろう。いい加減、校長先生も心配している頃だ」
「う、うん」
月明かりに照らされた二つの影が伸びる。
ぴったりと寄り添うように、長く、長く。
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