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「さて」
再び西口の方に向き直る。
彼女が電車に乗ってくるという確証があるわけではないが、他に当てがあるというわけでもない。
西口からは次々と人が吐き出されている。
どうやら電車が到着しているようだ。
「塚越くーん!」
その人混みの中から、大きく手を振りながら駆け寄ってくる少女の姿を見つけた。
黒髪をなびかせ、赤いダッフルコートを纏っているその少女は、間違いなく立花千歳である。
「やっほー」
満面の笑顔で駆けてくる千歳を見てか、手を挙げて応える優一の顔は思わず綻んでいた。
「すみません。待ちました?」
息を切らせながら千歳が訊く。
「十時五十八分。時間通りだね」
千歳の顔は寒さのせいか、頬が赤みを帯びている。
肩で息をしながらも、それでも千歳は嬉しそうだった。
「えへへ。ちょっと出掛けに手間取っちゃって」
ぺろりと舌を出す。
普段の大人しい姿からは想像もつかない、とても無邪気な行動。
見た目の幼さと相まって、実年齢以上に可愛らしく見える。
(うわ、これはヤバい)
新境地を開拓しかけた優一は、その開拓師団を理性で何とか押さえつけ、変わって質問を投げ掛ける。
「ところで、これからどうするの?」
その質問に、肩で息をしていた千歳は胸に手を置いてふっと一息つき、笑顔をそのままに答えた。
「そうですね。ちょっと早いですけど、お昼ご飯なんてどうですか?」
時計が十一時を指す。
昼のピークにぶつかるよりは、早めに済ませた方が得策かもしれない。
「そうしようか。ここらへんにはルッテリアぐらいしかないような気もするけど」
「いいですよ。それにファーストフードの方が、遊びにきたって感じがするでしょう?」
雲一つない青空の下、こうして彼らの一日が始まった。
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