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千歳の案内に従って歩いていくと、駅からどんどん離れていっているのが分かった。
人混みを抜け、大通りを外れ、住宅街を通る。
どうやら山手の方に向かっているらしい。
「それにしても」
あえて行き先は訊かない優一。
「立花さん、変わったよね」
差し掛かる上り坂を、一歩一歩踏みしめながら歩く。
「え?そうですか?」
先導から隣に移っていた千歳は、まんざらでもない表情で訊き返した。
「うん。変わってるよ」
弾む肩と、吐き出される白い息。
上り坂はなかなかに険しい。
「こんな言い方しか出来なくて悪いんだけど、オドオドしなくなったよね。話した当初とはだいぶ変わってる」
そわそわして、落ち着きがない。小動物を思わせるような女の子だったのが、今では風格すら感じさせるほどに堂々としている。
それは威圧感のあるものではない。生来の育ちの良さや柔らかさ。そんなものを漂わせる、どこか心地のよいものだった。
「ふふ。少し照れますね」
千歳もまた、優一の隣で坂を踏みしめる。
「でも、人から変わったって言ってもらえるということは、きっと変わっているんだと思います」
何があったわけではない。
とにかく人が苦手だった。
優しくしてもらっても、親切にしてもらっても、お礼すらいえずに避けてしまう。
だから人が離れ、ひとりぼっちになる。
つらく長い日々。
例えるならそう。
今登っている坂道のような人生。
「それに塚越君が言うんなら、間違いないですね」
そんな時、坂の上から手を差し伸べてくれる人がいた。
ほんの些細な助言。きっかけ。
それを契機に、驚くほど簡単に変われてしまった。
一人で進むにはつらい坂道。
だけど、手を引いてくれる人がいた。
「とっておきの場所はここを登った先にあります」
苦しい道のりを乗り越えた先。それからも、その人の隣を歩いていきたい。歩いてもらいたい。
願うことは誰にでも出来る。成就するかは分からないけれど。
「もう少し、頑張ってください」
運命の時は、寸手のところまで迫っている。
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