少女の決意

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「……そっか」 しばしの沈黙のあと、優一はただ一言、そう言った。 「ありがとう。嬉しいよ」 顔は千歳をいたわるような笑顔だった。 「立花さんの気持ち、本当に嬉しい」 「……呼んでくれないんですね」 「え?」 俯いてしまった千歳が、言葉を紡ぐ。 「私、『優一君』って言いました。でも、『千歳』とは、呼んでくれないんですね」 「……ああ」 今まで名字でしか呼んでいなかった彼女が、名前で呼んだ。 それは、並々ならぬ決意の証。 決意には決意で答えなければならない。 「ごめん」 しかしそれは、名前で呼ぶことではない。 『呼ばないこと』が、優一の決意。 「呼ぶわけにはいかないんだ。それは、俺には出来ない」 「そう、ですか」 それだけでもう、十分だった。彼の気持ちは、分かってしまった。 「ほかに想い人がいるんですね?」 「……」 沈黙はつまり、肯定の証。 やはりというべきか、何となく予想はついていた。 「でも、ありがとうございました。モヤモヤしていたものが晴れました」 千歳は顔を上げた。 「わがままなのは承知の上です。でも、これからも、いい友達でいてくださいね?」 目には涙が溜まっている。 しかし彼女は笑っていた。 泣きそうなのを必死で堪えているような、そんな笑顔だった。 「立花さ――」 「ついてこないでくださいね?」 千歳は優一の答えを聞く前に、背中を向けてしまった。 「月曜日、また会いましょう」 そして、そう言い残し、千歳は歩き出した。 北風が彼女の髪をもてあそぶ。 彼女は一度も振り返ることなく、坂道を下っていった。 ガシャンと鉄柵が音を立てた。 優一が柵に背中を預けたのだ。 彼はただ黙って、お揃いで買ったキーホルダーを眺めていた。 アルファベットの『T』は、夕日に照らされて滲んでいた。
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