焔の帝

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あの温和で気さくな老人が、そんなことを考えていたとは。そこにいた誰もがそう思っていた。 戸惑いや驚き。事実を突き付けられた生徒たちは、それぞれが複雑な表情を浮かべ、ただそこに呆然と突っ立っていた。 「……なんで、水野先生は知ってるんですか?校長先生に呼び出されたって言ってましたけど」 沈黙を破ったのは優一だった。 「留守を預かった、というところだ。出張中のな。しかし、近いうちに襲撃があるかもしれないとも言っていたな。何でも嫌な予感がするらしい」 だったら出張なんか取り止めてここに残って生徒の安全を確保しろ。知恵を絞って対策を立てろ。 そう付け加えた明子の顔は、明らかに侮蔑を込めた表情になっていた。 「塚越、お前は何か感じてないか?」 問われた優一には、思い当たる節がある。 「そうですね……。感じていないといえば、嘘になります」 優一は今日一日にあったことを洗いざらい話した。 それを聞いている間、明子は相づちを打つように頷いていたが、その柳眉はみるみるうちに険しくなっていく。 「そうか。まさかそんなに活発になっていたとはな」 すべてを聞き終えた明子は、険しい表情をそのままに腕組みをした。 「近いうちに襲撃というのは、あながち間違いではないな。早ければ今夜にでも行動を起こすだろう」 そこで、明子の表情は一変した。 「情けない話だが、他の教師連中の協力は仰げなかった。今朝の職員会議で対策を練ろうと提案したんだが、誰も賛同してくれなかった」 教師として生徒を守ることは当然であるにも関わらず、誰もやろうともしない情けなさ。 そういった態度がまかり通ってしまう環境に対する怒り。 そして、自分に対する不甲斐なさ。 そんなものごちゃ混ぜにした表情だった。 「本当に……本当に情けない話だが、聞いてくれ」 明子は皆を見渡すと、深々と頭を垂れた。 「今まで散々偉そうなことを言っておいて虫のいい話だと思う。好きなだけ叱責してもらって構わない。お前たちの力を貸してくれ。私一人では、精霊の相手は務まらない。頼りに出来るのはお前たちしかいないんだ……」 水野明子は誰よりも生徒のことを考えている教師だった。それと同時に、自分の実力も痛いほどに理解していた。 頭を下げた彼女の肩が小刻みに震えていたことに、気付いた者はいたのだろうか。
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