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「……お前たち、後ろに下がってろ」
明子が一歩前に出る。
対峙する五人に押し寄せる熱波。その軌道を舞っていた雪は瞬く間に融解した。
明子は精霊を目の前にするのは初めてであったが、この存在がどれほど危険なものであるのかを、はっきりと認識した。
「さっき言った通りだ。お前たちは、自分の身を守ることだけを考えろ」
しかし、誰ひとりとして退く者はいなかった。
「俺の炎が霞んで見えるぜ……。許せねぇな」
「今宵は雪降り。吹雪を巻き起こすことも悪くないかしら?」
「雪も水の一部なら、きっと操れるはず。……大丈夫」
それどころか、明子の言葉を無視してエーテルを発現させている。
「お、お前たち……」
「攻撃は最大の防御ですよ。先生」
唯一エーテルを持ち合わせていない優一は、一歩前に出て明子と並んだ。
「今夜集まった時点でみんなの覚悟は決まっていたんです。そりゃたしかに恐いですけど……みんな腹が据わったみたいですよ」
優一の言葉に、それぞれのエーテルを身にまとった三名は力強く頷いた。
「……馬鹿者どもが」
明子は眼鏡を指で動かし、それ以上は何も言わなかった。
『……ふん。貧弱な人間風情にやられるとは、他の奴らは余程油断していたのか、あるいは精霊の名を冠するに値しないほどに弱かったのか』
サラマンダーの足元には地面が顔を出していた。余波を受けるように周りの雪もどんどん溶けていく。
『しかし、生き残るのは一人で十分だ。貴様らには感謝しよう。弱い者どもを屠ってくれたことを』
その地面を踏みつける。
地割れでも引き起こすかのように、強く、重く。
『せめてもの礼だ。私が復活した記念の、最初の獲物にしてやる。我が炎を持って、貴様らを灰塵に帰す』
踏みつけられた足元から、紅蓮の火柱が立ち上った。
それが合図だったのかもしれない。
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