回顧

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「無駄だ」 しかし優一は冷静だった。 若干身を仰け反らせて隆明のパンチを躱すと同時に右足を後ろに開く。 パンチが外れて前のめりになる隆明の上体。 「はっ!」 優一はその隙を見逃さない。 開いた右足に力を込め、隆明の腹に膝蹴りを叩き込んだ。 「ぐおっ!!」 両足が少し地から離れるくらいのインパクトがあった。 隆明は腹を抱えて膝をつく。 「げほっ!げほっ!」 「すぐに暴力に訴えてくるのは、まったく変わっていないようだな」 咳き込んでいる隆明を、優一は悠然と見下ろす。 「優一っ!」 「大丈夫か!?」 操と稔が駆け寄ってくるのを背中に感じ、優一は手を挙げて二人の動きを止める。 「ぐっ……てめぇ……」 苦痛に顔を歪めながらも、下から睨み付けてくる隆明。 「加藤君。一つ、いいことを教えてやるよ」 優一は覗き込むように隆明に顔を近付け、言った。 「いつまでも昔のままの俺でいるとは、思ってるなよ?」 「ひっ……」 隆明は優一の表情を見て凍り付いた。 冷めきった瞳と顔に映る殺気にも似た色。 お前など眼中にない。 お前では敵う訳がない。 そう言いたげにも見えた。 今まで幾度となく喧嘩をやってきたが、ここまで恐怖を感じたのは初めてだった。 「帰るか」 抵抗はないと判断し、優一は自宅の方へ歩き始めた。 「どした?」 そして隆明と同じように凍り付いてる稔と操を見て、小首を傾げた。 「い、いや……」 「何かいつもと感じが違ったから……」 戸惑いを隠せないという表情の二人。 優一は微かに苦笑いを浮かべた。 「俺だってたまには怒るさ。行こう」 二人の間をするりと抜ける優一。 二人も慌てて優一の後に続いた。 「……」 夕日が照らす歩道では、チンピラが一人、凍り付いたまま三人の姿を見送っていた。
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