回顧

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「いやいや、三日ぶりくらいの帰還かね」 居間のドアを開けて入ってきたその人物は、一言で表すと若々しい。しかし、スーツ姿はやたらと似合っている。 少年のようであり、壮年のようでもある。 年齢がよく分からない男だった。 「論文はまとまったの?父さん」 「全然。面倒くさいから助手たちに任せてきた」 優一に問われた男性――塚越宏(つかこし ひろし)は、さも平然と宣った。 「おっ?」 そして事も無げにジュースを飲んでいる少年と、面食らっている少女に気が付く。 「君はたしか……箕輪君だっけ?」 「っ!!」 稔は吹きかけたジュースを辛うじて飲み下した。 「稔ですよ!み・の・る!いい加減覚えてください!!」 「おぉ、そうだったそうだった。歳取ると物覚えが悪くていかんなぁ」 一人でうんうんと頷き、続いて操に目をやる。 「で、君は?多分初対面だと思うけど」 「あ、はい」 はっと我に帰り、操はぺこりと会釈をした。 「は、初めまして。桐生操と申します」 「桐生さん……。明仁さんとこのお孫さんか!明仁さんも憎い人だ。息子にお嫁さんをくれるならそう言ってくれればいいのに」 「……嫁?」 「気にしなくていいよ。疲れるだけだから」 優一は若干の侮蔑を込めた視線を父に送った。 「連れない奴だなぁ。もっとユーモアというものをだな」 「あら?帰ってたの?」 宏が熱弁をふるおうとしたその時、台所と居間を繋ぐドアを開け、綾香が姿を表した。 「綾香!」 その姿を見るや否や、宏は短距離ランナー顔負けのスタートダッシュを決め、愛妻に抱きついた。 「ちょっとお父さん!お客さんが居るじゃないですか!」 「構わん構わん。僕だって人肌が恋しくなる時があるのさ!」 「まったく……」 幼子をあやすような目で夫を見る綾香。 まんざらではなさそうだ。 「相変わらず仲良いな。お前の親御さんは」 そんな二人の姿を見て、稔は「またか」という口調で言い、 「あ、あはは……」 操は若干引きつったような笑みを浮かべ、 「馬鹿と天才は紙一重ってよく言うだろ?だけど、うちの父さんは違う。……天才で且つ馬鹿なんだ」 優一は深々と息を吐いた。
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