回顧

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「……」 あれから一時間ほど経っている。 教科書を読み、問題を解いても、何一つ頭に入ってこない。 それだけ自分が動揺しているということだろう。 「うーん……」 どうやら稔も同じ気持ちらしい。 さっきから書いては消し、頭を抱えている。 「ははっ、さすがの稔君もてこずってるかい?」 そうとも知らず、呑気な優一。 「うっさいわ!誰のせいだと思ってやがる!」 珍しく稔が声を荒げている。 「おいおい。何怒ってんだよ」 「黙れ!全部お前のせいだぞ!」 おそらくさっきのことを怒っているのだろう。 なぜ今まで言ってくれなかったのか。言ってどうなる問題ではない。過去を振り返っても、何も生まれない。 だが、隠すことはないじゃないか。 その念が強いのかも知れない。 「ち、ちょっと高橋君。落ち着いて」 しかし優一を責めるのは、あまりにもお門違いというもの。 止めなければならない。 「止めるな桐生さん!こいつには、一言言ってやらなきゃならん!」 稔は優一に人差し指を突き立てた。 「お前がもっと頭良かったら、こんな苦労はしないんだよっ!!」 「……はっ?」 「……えっ?」 ぽかんと口を開ける二人。 「お前がもっと頭が良かったら俺は苦労しないんだぞ!たまには俺に勉強教えろっ!!」 稔の渾身の叫びが、居間に響き渡った。 沈黙が空間を支配する。 「えっとー……」 優一が頬を掻く。 「すまん。他をあたってくれ」 「もう何なの?騒がしいわねぇ」 台所から綾香が入ってきた。 「優一、夕飯の準備が出来たからお父さん呼んできてちょうだい。稔君と操ちゃんも食べてってね」 それだけを言い置いて綾香は引っ込んだ。 「強引だなぁ。ま、多分拒否権はないからゆっくりしてってくれ」 続いて優一も居間を出ていく。 稔と操だけが、居間に残された。
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