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あの人との出会いは二年前、きっかけはありふれたものだった。
彼は私が事務員として働いていた小さな町工場の取引先の社長で、よくやって来た。 はじめは挨拶程度しかしなかったのだが、何かの話の折りに、同郷だと分かってからは親しく話すようになった。といっても世間話の類いではあったのだが。
その年の秋、私は最愛の父を亡くした。 その時、母もすでに亡く、天涯孤独の身になった私を、あの人は何かと気にかけてくれ、いつのまにか二人だけで会う関係になっていた。今思えば、私の方がずいぶんと積極的だったと思う。
「あなたに迷惑はかけません。奥さんと別れてとも言いません」
メロドラマのような台詞を口にして、自分から胸に飛びこんで行った。
虫の声も高らかに、清秋の夜のことだった。
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