春の寒風

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最後の夜も泣かなかった。涙は流しているのだが、泣いてはいない。この人のために涙を流さなくてはいけない。そんな思いから涙を流すのだが、相変わらず薄く滲んだ月をほうけたように見つめている。 「つや子、これからどうするつもりだ」 「毎月いただいていたお金がだいぶ残ってます。どこか安いアパートを借りて何か仕事を探すつもりです。今までありがとうございました」 私は用意していた台詞を吐き出すようにつぶやく。 春を迎えたばかりのまだ冷たい風が、二人の間を走り抜けて行った。
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