私。

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 呆気ない。何とも呆気ない。人間と云う生物はどうも脆いらしい。  其のせいで無駄に発達した知能の鎧は、他の生物にとって迷惑な異物であろうと云う、人間の利己主義にはそろそろ飽きた。ならばと取り付けた鍵は、部屋を新鮮な空間へと変えた。否、本来此処が居るべき場所であり、此れを求めていたのだろう。外は何か違うのだ。其の居心地の悪さは考えるだけでも虫ずが走る。何れ抗体ができるであろうと待ち続け、どれほど年を越したことか。行動せねば何も起こりはしないのだと云う、或る日の教師の説教は、やはり偽りではなかったのだ。  其れよりも、此の刹那の出来事は大変信じがたい現実。目の前の固い路面に浸みた紅い点々。距離を置いて、無造作に散らばる部品。其れを囲む人間、人間人間。 「申し申し、其処に横たわっているのは誰ですか。」 頭の付いている、本体であろうと思われる部品に声を掛けたが、周囲の騒々しさに掻き消されてしまったか、其れとも答える事ができない状態にあるのか、彼女は路面に張り付いた儘、動き出す気配は無い。  其れから直ぐに、同じ服装をした人間を乗せた白い車が、慌ただしくやって来たかと思うと、彼女と彼女の部品を拾い集め、独特の音たてて去って行ってしまった。同時に、集会を開いていた人間も、口々に感想を述べながら去って行ってしまった。残ったのは其の処理を職とした人間のみであった。 何とも機械的。 人間の興味は時に残酷なものへと発展し、よくある事として片付けられてしまう。そして、ひたすら片付けをしている掃除屋も、適当な書類に纏めてしまい込んでしまうのだ。何とも恐ろしい。  そんな事を考えている場合ではない。私は、意味も無く生まれ育ち、機械的に処理されてしまったと云う現実を受け入れなければ。天国や地獄など存在しない。生きている者が考えた世界だもの。今から伝える事ができるのならば、何も無いのだと云ってやりたい。若し成仏などと云う言葉が通用するのなら、まだ其れが出来てないのだろうか。或いはもっと別の事か。  間もなく処理が終わる。最後其処に遺るのは、月日が経つと同時に消えてゆくであろう、紅い染みのみ。呪いと云うものが存在するのであれば、此の儘染みを遺しておきたいと云うのは、未だに生の感覚を捨てきれずに居る私と云う人間。今日此の日に、この世と呼ばれる世界に存在しないものとなった。
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