第1章 アンフェアなはじまり

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第1章 アンフェアなはじまり

六月十四日(月)雨。 新宿区のほぼ中ほど。 繁華街の喧騒から離れ、辺りは静まり返っていた。 建設途中のまま、何年も放置されているビル。部屋の半分以上が未入居と噂されている新築マンション。更地にはしたものの、買い手がつかないまま雑草だらけになっている地所。そんな、未だ解決されていないバブルの遺産たちを横目き眺めながら、龍居まどかは早足で歩いていた。 門限の二二時を、一五分ほど過ぎてしまっている。 梅雨特有の湿った空気が、夜の冷気に押されてじっとりとまどかの制服にまとわりつき、彼女の行き足を邪魔していた。シャンプーのコマーシャルに出られそうな、自慢のサラサラの黒髪が、額に張り付くのも不快だった。  ―――今日こそ早く帰るつもりだったのに、もう。 まどかは、ひとり、つぶやく。 両親の機嫌を、今以上に損ねるわけにはいかない。 あとひと月もすれば、高校生活最後の夏休みがやってくる。その夏休みを利用して、ふたりきりで旅行に行こうと、まどかは同級生の勢田トオルに申し込まれてる。 旅行。 ふたりきりで、旅行。 まどかは、その旅行を実現させるためのシュミレーションを、既に七通りは考えていた。特に大事なのは、母親に旅行の話を切り出すタイミングだ。それが、最初にして最大の関門。母親の上機嫌の瞬間を、きちんと押さえなければならない。 ―――やっぱり、走ろう。 同じ門限破りでも、三○分以内のものと、それ以上の場合とでは、母親の怒りの持視線の先に、公園の入口が見えた。
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