第一章:恋人としかキスしない、という考えは古いのか?

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   六月下旬。丁度春が終わり、夏に入り始めた季節である。  窓から差し込む陽光は若干の熱気を含み、室内の気温を緩やかに上昇させていく。 「んむ……」  その室内のとある場所から僅かに吐息の漏れる音が聞こえて来た。音源はベッドの上で眠っているこの部屋の主である閃。暑さで寝苦しいのか、行儀悪く布団を蹴飛ばし、顔に苦悶の表情が浮かんでいる。 『~~♪ ~~♪ ~~♪』  その彼の枕元に置かれていた携帯電話が突如震え、着信のメロディーが流れてきた。  それに気付き、一つ呻き声を上げてからのっそりと起き上がり、携帯電話を手に持つ。そして、通話ボタンを押して、携帯電話を耳に当てる。  次の瞬間、凄まじい爆音が彼の鼓膜を震わせた。 『今どこにいんのよっ!?』 「――――っ!!?」  携帯電話から発せられたのは勝ち気そうな女性の声。それは閃の幼馴染みのものである。  その彼女が更なる問いの声を上げた。 『ちょっとっ! 聞いてるの!?』  ただし、彼にその余裕は無い。一発目の怒鳴り声の直撃を受けた彼は耳を押さえ、ベッドの上でうずくまって絶賛悶え中だからだ。  が、それを何とか抑えて携帯電話を耳に当てる。 「いきなり何してくれる!? 俺の耳の鼓膜を破るつもりかっ!?」 『そんなことはどうでも良いから私の質問に答えなさい!』 「どうでも良いって、お前にそんなこと言う権利は――」 『潰すわよ』  耳元から聞こえて来た低い声に勢い良く動いていた閃の舌が凍り付いた。  しばしの沈黙の後、閃は降参の溜め息を吐く。暴力に屈しない人間は基本ドMだ。誰だって痛いのは嫌だから。 「家だよ」 『…………。あんた、時計を確認しなさい』 「あんだって?」 『いいから、早く』  突然の提案に嫌々ながらも頷き、閃は何時も目覚まし時計を置いてある場所に視線をやる。が、そこには何も無かった。  首を傾げ、視線を巡らすと反対に位置する壁の下に無惨に転がっていた。恐らくは、目覚ましの音が五月蝿くて放り投げたのだと思われる。  時刻は六時十七分を差していた。  それは良い。問題は時計の裏蓋が外れ、そこから電池が取れて床に転がっている点だ。よって、針も止まっている。  
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