第一章:恋人としかキスしない、という考えは古いのか?

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  「…………」  そのことに気付いた彼は不吉な予感に駆られ、机の引き出しの中に放置していた腕時計を急遽引っ張り出す。  時刻は九時二十七分を差していた。  因みに今日は平日で、彼は学生の身分である。 『今の状況理解出来た?』 「……ああ、物凄く」  呆けていた彼の意識は携帯電話からの声で覚醒した。同時に現在の自分が置かれている立場を確信してしまった。大遅刻である。 「うちの母親は何して――」 『おばさんは昨日からおじさんの海外出張に付いて行くって言ってたの、あんたじゃない』 「そうだった!!」 『もう直ぐ二限目が始まるから切るわね。あんたも三限目には間に合うようにしなさいよ』  それだけ言って、彼女は携帯電話の通話を切った。聞こえて来るのは機械的な繰り返し音のみ。  閃は溜め息を一つ吐き、登校する準備を始めるのだった。 ****************  数分後、閃は通学路をゆっくりと歩いていた。彼の通う日野巻高校までは、家から徒歩で約二十分の道のりである。  ふと空を見上げると、太陽の光が目に入り、眩しさに思わず目を細めてしまう。 (今日も良い天気だな)  閃の住む三根崎市は人口六万超の、田舎ではないがさして大きくもない街だ。特に特産物も無く、ただ大都市が近くにあるということでベッドタウンとして機能している。  市内に荒れた学校も無く、ヤクザ系の人間も住んでいない。とても平和な街なのだ。 「あ?」  しばらく歩いていると、道の先に不意に同じ学校の制服が見えた。その人物はふらふらとした足取りで歩いている。そして、その非常に危なっかしい後姿に閃は見覚えがあった。 「薫やーい」  名前を呼びながら、閃は彼を追う。  横に並んだところで漸く薫は眠そうな目を閃に向けた。 「やあ、閃じゃないか。どうしたんだい、こんな時間に」  彼の名前は一宮薫(いちみやかおる)。いつも寝癖のついた髪とまん丸い眼鏡がトレードマーク。閃とは同じクラスで小学校時代からの幼なじみだ。  趣味は寝ること。どこでも、どんな状況でも、三秒以内に寝れるという某アニメキャラクター並の能力を持っているが、全く自慢にはならない。 「寝坊したんだ。今家を出て来たばかりだよ」 「馬鹿だなー」 「お前にだけは、言われたくない」  薫の言葉に閃は思い切り顔をしかめた。  それも当然のことである。  
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