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「そう」
やはり抑揚のない声で言った長門は別段不快そうな表情をするわけでもなく――仮にこいつが何かしらの感情を出していたのだとしても無表情なのには違いないのだが俺にはそれを読み取ることができるし、長門の表情を読み取ることに関しては誰にも劣ることはないだろうことを自負する俺が言うのだから間違いはない――くるりと俺に背を向けるといつもの定位置に座って読書を再開した。
長門は特に気にしている様子もなかったが、俺にとっては大問題だった。
他の奴が見ても少しばかり欝なだけのショート・ショートくらいにしか見えないだろうが、俺にとっては喪失した自身の記憶の断片を見せつけられたようなもんだった。
もちろん実際に体験したわけではないので喪失したというのもおかしな表現だが、それでもその記憶が『俺』のものであることは間違いなく、俺はまるでもう一人の自分の記憶を追体験したような気分になっていた。
正直言って、他の誰にも読ませたくない。
ハルヒがまだ読んでいなかったのは幸いだった。
長門には悪いが、長門の担当する小説のジャンルを変えるようにハルヒに提言しておこう。
あいつが応じるかどうかは分からんけどな。
だが、その前に確認しておかねばなるまい。
「なあ、長門」
「なに」
長門は本から目を逸らさずに応える。
「あの世界の改変のときな・・・・・・お前にはあの改変されたお前の記憶は、あるのか?」
長門はゆっくりと俺の方を見ると、
「ない」
その言葉に俺が口を開く前に長門は付け加えた。
「あのわたしはわたしであるが、意識、記憶ともに今あるわたしのものではなく、同期を取ることも不可能。よって、わたしにはあのわたしの記憶はないし、その意識を推し量ることもできない」
「それじゃあ、何で」
お前は、この話を書いた――いや、書けたんだ?
「・・・・・・・・・・・・」
長門はビー玉のような瞳でじっと俺を見つめた後、先ほどの動きを逆再生するように本に視線を戻して言った。
「わたしは、わたしだから」
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