3.密やかなる進行

2/7
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/281ページ
 山の恩恵を受ける水の国・スリーアナには、齢{よわい}25の美しき皇子がある。  奇跡の如く逸麗の面をし、恵まれた長身を漆黒に包む皇子は、艶やかな漆黒の長髪を背に、常に闇の異容そのものであった。左右で色の異なる双眸は長い睫毛に縁取られ、その切れ長の眸に流し目を宛てられては、心ときめかずにあれる乙女などいない。  右目は血を嚥下{えんか}したが如き紅、そして左目は光の付け入るを許さぬ黒耀石。  豊かな低い声は、かつて聞く者の心に氷雪を呼び込んだものだが、昨年の“異層払い”の旅より、彼は変わった。  ───しかしその変化の全てを記憶に留める者は、“異層払い”が英雄のみである。他の者は、“過去”の記憶の全てを修正され、それを知らない。  清水を湛えるスリーアナ国皇王たるルナルガンと、既に隠居したザラハトがスリーアナの要であり、その要人の顔触れの1人に、当然ながらシェルヴィス皇太子も含まれている。  シェルヴィスの実父たるルナルガンは兄ザラハトの助言を戴くことなく政務を進めていたが、頭脳明晰たるシェルヴィスが欠けては、それも難い。  よって現在スリーアナの政治を担うは、ルナルガンとトリィク父子である。
/281ページ

最初のコメントを投稿しよう!