4.七夜過ぎて

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 温暖な気候に恵まれ、季節を選ばず花の咲き乱れるフィリムス国は、その別称を『花の国』という。  シムスト皇王とプリムラ皇后の愛娘レノリアは、シェルヴィスの婚約者である。  癖なく伸びる長い髪は滴るばかりの花蜜の如き黄金。その下にある小面は、典雅の極致。そして長い睫毛に縁取られる優しげな双眸は、美空を思わせて美しい。  しかも、あまりに美し過ぎるが故の、無機物めいた人形めいたところが何もない。  美の女神レヴィーサも、彼女を前にしては裸足で逃げ出すに違いない。  闇の異容そのもののシェルヴィス皇子と光の麗姿たるレノリア皇女が並んで立つ姿は、宛然絵画の如く美しい。  レノリアつきの騎士にして国内屈指のエレシュ騎士団団長ラキタス・セルハートは友愛に熱い男で、恋い慕う皇女が美しく猛き友と愛を育むを、心から祝福している。  サー・セルハートもまた、騎士にしては秀麗な顔立ちをする好青年だ。短く切り払った金髪に、強い意思の漲る碧眼。かつては童顔と評された面は、数々の苦難を切り抜けた末に引き締まり、平素は崩している態度を改めれば、威厳さえある。  そのラキタスが眉間に深々と皺を刻み、部下の話に相槌を打ちもしないのは、他でもない先日のシュトラウスの訪問に原因がある。
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