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王都に着くと直ぐに斈王の元に通された。
蒼空はこれほど高い天井を知らない。
見上げる程の玉座も
煌びやかな城内も
平伏す人々も
そこは確かに国の頂点だった。
「お主が蒼空か。華美ではないが容姿(ツクリ)は悪くない」
玉座より降る声は太く、地の底から這い出るように低い。
「顔を上げて此方へ来い」
「……はい」
静かに顔を上げて見た声の主。彼がこの国【斈/ガク】の現国主。この国の全てを仕切る男
斈 氾揮(ガク ハンキ)
近くで見るその王の体躯は大きく、黒く硬い髭が更に熊を連想させる。鋭い目の色のみが褐色に近く、黒い印象の中でひときわ異彩を放っていた。
「貴女がかの有名な白羽隊出身だなんて信じられないっ!私と同じ年だというのに。けれど、おかげで助かったわ」
鈴を転がすような声は、王の隣に立つ少女。本物の斈国公主【香凛/コウリン】から発せられた。
艶やかな絹の色と簪の立てる涼やかな音。深窓の姫君をそのまま形にしたかのような娘。
この斈国の宝玉と名高い高貴な姫君と、山育ちの粗野な自分。どう見ても入れ替わるには無理があるように思う。
――生きた世界が違いすぎる。
「私などには勿体無いお言葉」
再び深く頭を下げる。品定めをするような二つの視線を遮るかのように。
「期待しておりますよ?蛮国なぞ滅ぼしてやってくださいませ」
「はは。これ香凛、気が早すぎる。まずは探りを入れるだけだと言うておろう」
姫を嫁がせる心配がなくなったことで安堵したのか、親子の空気は穏やかであった。
身代わりとなるのはこの私なのだ。
他人事のように思ってしまう心を引き留めて言い聞かせる。それほどまでに緊張感のない玉座だった。
謁見がすむと、玉座を離れ広く煌びやかな部屋に通された。広い寝台に玉の散りばめられた鏡、絹の着物。
これからの一ヶ月
この城内で公主としての礼儀、知識を詰め込む。
政略結婚で隣国に位置する巨大な軍国に嫁ぐ
【哀れな姫君】
を演じる為に――。
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