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【朱空】
ある夜、朱は隊長に呼ばれた。
このところ蒼にすら知らされない極秘任務を任されることが多かった為、何の疑問もなく部屋を訪れる。
あの子に汚い任務を負わせるくらいなら。
実際一つ年上である朱の方が戦闘能力に長けていた。何より殺戮に躊躇いがない。
夜風の冷たい廊下を抜け、戸を開けると老齢な隊長の他は誰もいなかった。一つだけ入れられた灯篭の火が、妖しく深い皺に影を与えている。
「どうしたのです爺様?また厄介事ですか」
苦笑するようにして前に鎮座する。
心無しかいつもより強ばった表情の隊長が告げた言葉は意外なものであった。
「お前と蒼に天命となる任を下そうと思っておる。無論別々にじゃ……朱、どう思うか」
突然の話に朱は目を見開き、口元に称えた笑みが引いてゆく。
白羽隊と呼ばれる暗部の特殊集団。
その中でも【最高作品】として名を馳せる私達。この時は近いうちに来るだろうとわかっていた。
けれどやはり、頭でわかっていても動悸は速まり、言葉は思うように紡がない。
白羽隊には厳守とされる掟がある。
原則としてそれを破った者には【死】が待っているという絶対的なものだ。
その掟の中に
【隊を抜けるべからず】
という項目がある。
白羽隊に一度入ると脱け出すことは不可とされるのだ。
ただ一つ抜け穴があるとすれば【最終任務】――別称天命。
その任務を終えた者のみが、白羽隊を抜け自由になることが許された。
それが自由へのただ一つの狭き道。
だが【最終】が意味する所以。
それは時に【死ね】という事を暗示させるのにも使う言葉だった。死罰の代わりに言い渡されることもある程に過酷な任務となっていた。
「蒼はまだ……知らないのですね?」
紅い唇から漏れた言葉は震えていた。
「朱よ、お前に選ばせようと思ってな。
死を取るか……生を取るか」
怪しく光る片目。白羽隊の長である爺様の声は掠れていたが、その残酷な響きははっきりと耳に残った。
二つの任務のうち
一つは【生】
一つは【死】
朱はその長い睫を伏せた。
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