始まりの夜

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葉晶月も十日を過ぎるとアシェットラント大陸のほとんどの地域は、かなりの暑さになる。 ソレスタン王国、首都プトレミィもその例外ではない。 特に砂漠から吹き込む砂混じりの熱風が強まるこの季節は、日が落ちてからも気温がなかなか下がらない。 人々は涼をとる為に、ある者は川辺に、 ある者は風通しの良い路地に縁台を出し、 男達は酒を、女子供は冷やした果実を楽しむのがこの季節の風物詩だ。 気温が下がり始める夜半近くまで喧騒が続く。 遠くに街の喧騒を聞きながら、アロンは構えた長槍に身を預けつつ軽く伸びをした。 退屈ないつもの夜だ。 こんな夜は、壷ごと井戸で冷やした酒でも飲んで寝るに限るのだが、仕事中とあっては、無理と言うものだ。 全く、仕事とは言えこんな日に当番が廻ってくるとはついてない。 まぁ後少し我慢すれば、交替の時間だ。 休憩所に戻れば、夜食が待っている。 今日の所はそれで我慢しよう。 とは言え、仕事があると言うのはありがたい事だった。 耕す土地も無く、特に技術を持ち合わせていない自分と家族が、なんとか食べて行けるのは、この仕事に依る所が大きい。 「贅沢は言うな、、と言う事かな、、」 なぁ、と相棒のヨハンに声をかける。 返事がない。 ヨハンの方に目をやると長槍に身体を預け、うつらうつらと居眠りをしていた。 さすがにマズイと思って起こそうとして止めた。 お互い、もう若くない。 アロン自身、最近は夜勤が随分と堪えるようになった。 革鎧も長槍もずしりと重く感じる様になった。 装備を身に付けているだけでえらくこたえる。 辺境警備をしていた頃には想像も出来なかった事だ。 楽な仕事だと思ったが、そろそろ『潮時』という事か。 まぁ、五年以上務める事が出来た。 多少なりとも退職金が貰える資格は得られた。 上出来だ。 後少し頑張れば、一番上の伜の稼ぎも、少しはあてに出来る様にはなる筈だ。 アロンは、ささやかな夢に思いを馳せた。 ・・・・・・・・・・・ 『?!』 何か音が、、 いや、気配を感じてアロンは、心楽しい空想の世界から現実世界に引き戻された。 耳を澄ます、、。 鈍い音の連続。 合間に混じって微かに聞こえるのは争う声か? この先にあるのは練法士の研究室と書物庫だ。 特に認められた高位練法士のみが使用を許された通路がある事は知っている。
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