夢想

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朝方、京丸の村長である藤原左衛門は、数日続いた台風がやっと終息に近付いている事を感じると、娘の菊と共に寝所に入り、朝までの短い眠りについた。 やがて嵐はおさまり晴天の朝が訪れると、村人達の声で左衛門は目をさます。 左衛門は寝不足の目を擦り庭に出ると、数少ない村人の家を一軒一軒尋ねて回る。 木工職人の兵太が屋根の上に石を置こうとした時に、屋根から落下して軽い怪我をした以外、村人に怪我人も出ず家屋の倒壊も見当たらない。 よくも持ちこたえた物よ…… 左衛門は独り言を呟き、最後に、村への唯一の通行手段である吊橋にむかう。 吊橋が遠目に見えてくる。 暫く吊橋に向かい歩いて行くと対岸に人が倒れているのがわかる。 左衛門は慌てて吊橋を渡り、倒れている青年を観察する。 若者の着物は一見薄汚れているがよく見ると仕立てのしっかりとした生地で作られていた。 面倒な事になった物だ…… 左衛門は溜息をつくと、俯せで倒れている青年の髪の毛を掴み、顔を上に向けると、腰にさした脇差しを抜き青年の首にあてた。 許せよ…… 呟き脇差しを横に走らせ様としたが、 山道の真ん中を血まみれにする訳にもいくまい…… と思い直し、青年の襟首を掴み山道の脇の茂みに引きずって行く。 適当な場所に仰向けにして青年を転がすと、吊橋の揺れる音が聞こえた。
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