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「お菊!!」
吊橋を振り返ると、息を弾ませながら娘のお菊が吊橋を走ってくる。
「お父様、いったい何をしているのですか!?」
お菊は自分の父親が、生倒れの青年に刃を突き立てている光景を見て息を飲んだ。
「お菊よ……
お前も17、この京丸の掟を理解出来ぬ歳ではなかろう」
お菊は父親に刃をあてられている若者の姿をじっと見つめた。
「念仏講で、お父様が申したことを、自らお破りなられるのですか……
人の命を軽々しく扱ってはならぬ。御仏の教えに背くものだと……
お父様が、そうおっしゃったではありませんか」
菊は父親を真っ直ぐな視線で見つめる
「それは違う。
菊よ、京丸の里を守るためだ。
これが掟なのだよ。
もし、この若者が北朝の者にこの里の在処を教えるなら、われらは皆殺しにされるのだぞ」
「そのときは、そのときでございましょう。
私達に御仏の加護があるなら、おすがり申し上げればよいではございませんか。
もし、その若者を殺したなら、御仏はわれらを見捨てられるでございましょう。
お願いでございます、この里に、やっとの思いで辿りつき、まだ息のある者なら、御仏によって遣わされたと思い、命を全うさせてやるのが我らのつとめでございましょう
お父様……
どうかこの若者を助けてやって下さい……」
菊は涙を貯めて父親に懇願する。
左衛門は暫く思案すると、脇差しを鞘に納め娘に言った。
「村の者達を家に集めておきなさい。
村長である私が掟を破ろうとしておるのだ……
皆の意見を聞いてからこやつの処遇を決めるとしよう……」
左衛門は若者を担ぐと菊に、早く行きなさい、と声をかけ、足早に吊橋を渡る菊を見て深い溜息をついた。
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