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ここは……
見覚えの無い部屋の、暖かい布団の中で、弥三郎は目を覚ました。
俺はいったい……
ゆっくりと体に力を入れ、布団から起き上がろうとしたが、体中の筋肉が悲鳴をあげ、思わず弥三郎は声をあげた。
すると、廊下を歩く足音が聞こえ、弥三郎の寝ている部屋の襖が開く。
と、そこには、自分と同じ人間だとはとても思えない程の美しい娘が現れた。
弥三郎は思わず息を飲み、顔を背けた……
娘の余りの美しさに、まともに顔が見れなかったのだ。
「よかった……
気が付いたのですね」
娘の安堵した声に弥三郎は頷き、娘に礼を言おうとした時、再び足音が聞こえ襖が開くと、この家の主と思われる男が部屋に現れた。
歳老いてはいるが、がっしりとして眼光の鋭い男は、布団の脇に座る様に娘に促すと、自分も布団の脇に座り、弥三郎の目を覗き込んだ。
「おお、まる2日意識を失っておったから駄目かもしれんと思っておったが……
気が付いたかね?
私はこの京丸の村長をしておる藤原左衛門と申す。
これは娘の菊。
して、お前さまの名は何と申す?」
弥三郎は、思わず筋肉が硬直した。
後醍醐天子と、足利尊氏との争いで、遠州、今川領でも至るところで、両者の争いが起こった。
やがて、足利の世となり、負けた南朝の武者は、追われて山奥に隠れ住むようになった。
この京丸もそんな南朝の落ち武者達の暮らす隠れ里に違いない……
弥三郎の父、朝倉正嗣は今川家に使える家信。
迂闊に喋っては、救われた命も無駄になる。
弥三郎は黙りこんだ。
左衛門と菊は弥三郎をじっと見つめる。
「何とか言ったらどうだ?」
左衛門が声をかけるが、弥三郎は無言で下を向く。
そんな弥三郎を見て、菊が気を使い、左衛門に話しかける
「お父様、この方は意識が戻られたばかり、今はまだ意識が朦朧としているのかもしれません。今はまだ、休んで頂いて、話しは今夜にでも……」
左衛門は弥三郎をじっと見つめ、
「そうだな……
夕食の時間まで、まだ時間がある。お前様はそれまで、もうしばらく休んでいなさい。
何かあれば、この菊を呼べばよいでの」
そう言って左衛門は部屋を出ていく。
続いて菊も立ち上がり、では、と言って部屋を出て行った。
弥三郎は、どっと全身の力が抜け再び眠りについた。
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