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 とても優しい口調でそう言って、自分が持っていたセカンドバッグを怜に抱かせ、彼は小走りに雨降る街中に姿を消した。 「はい。ハンカチ」 「あ。済みません」 「家出するのもたまには良いが、時間と季節は考えろよ」 「え?」 「夏場にしろ。陽も長いし野宿しても死にゃあしない。但し、メシの前は避けるべし」 「あんた、何教えてんのよ」 「何って? 正しい家出の仕方」 「バカ。こんな奴の言う事聞く必要ないからね」 「バカってなっ!」 「バーカ」 「うぐ。腹減ったよ~ん」 「あっあの」 「良い良い。兄貴の方にたかるから」  今日会ったばかりなのに、名前は勿論、何処に住む何者なのかも丸で知らないのに、まともに声を交わした訳でもないのに、なのに、どうしてこんなに優しく、こんなに自然に、何でもない事のように手を延べてくれるのだろう。  改めて考える迄もなく、このセカンドバッグの持ち主の人柄故なのだろうが、泣きたくなる程羨ましいと思った。親兄弟は選べないが、友達は人徳だ。  思わず目を伏せてしまった怜の目に、もう零さないと誓い、庭に捨てた筈の涙がうっすらと浮かんだ。  そこに、クラクションの音。 「おっ。来た来た」 「ほら、いらっしゃい」 「で…でも」 「頼りになる兄貴も一緒に謝ってくれるっつーだで、背中に隠れて雷が通り過ぎるのを待ってりゃ良いべさ」  結局、兄弟で通してしまい、怜は青年の車に乗り込んだ。 「じゃあねぇ~」 「次、何かおごれよ」 「へいへい。ほらぁ、お前もだよ」 「いたっ。ごめんなさい」 「くすすっ。又ねぇ~」  グイッと頭を押し下げられ、怜が口の中でボソリと唱えたら車がスタートしていた。  繁華街から少し行ったところで引っ掛かった赤信号。  そこ迄、カーステレオから流れるボリュームを絞ったロック系の洋楽だけが主張していて、何の会話もなかった。  と、ステアリングを握る青年の、短時間の内で耳慣れてしまった太い声がいきなりした。 「何処迄送れば良いんだ?」 「えっ? あっ…。適当に…落として下さい」 「はぁ? お前、そんなに補導されたいんか」 「いえ…別に…そう言う訳では…なく…僕…今…独りだし…雨…嫌いで…あの…」 「…。何か又、ド偉いモン拾っちまったなぁ」
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