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だもんで、ヒクッと引きつりつつも溜め息のような声が言葉となっていたのだが、それに返された上擦ったお言葉で、目頭が熱くなった。
「いっいえっ…べっ別にっ」と、首筋迄朱色に染めて言われてもねぇ。
何処からどうやって眺めても”別に”の態度じゃないからこのように引いているのだが、これも、言うだけ不毛かや?
ポリポリと頭を掻いて、怜の前を横切って行く。
怜は、まーだ朱い顔したままで深く俯いていた。
今迄、姉と二人で生活していたから、大人の男性を身近にしていなかったから、目の遣り場に困ってしまった。
逞しくて厚い胸板も広い肩も太い腕も、全て怜の憧れのモノだったけど、まさか上半身裸のままで出て来るとは考えてもいなかったから、その分が今のこの状況を招いている。
ま、父が健在だった頃は父と一緒にお風呂に入っていたが、それは、小学校の入学式前夜迄の話で、父母が他界してから数年間、自分が一人でお風呂に入れるようになる迄の間…だから、小学三年くらい迄は、姉と一緒だった。だから、びっくりしてドキドキして、目の遣り場に困ってしまったのだ。
大切にしていた父母との思い出は、日毎夜毎に薄くなって行く。今ではもう、確かに存在していた筈の父を思い出せない。思い出せるのは写真の中の父で、そこからしか何も出て来ない。
大人の男の人のセミヌードを見たからとドキドキし、身の置き場にも困ってしまった怜が、触れたくない部分に自分で触れてしまい、クッと唇を噛み締めた。
何かもう、今日は朝からぐちゃぐちゃだ。
要らない自分を捨てた日は前からこうだったから、今更と言う気もしないでもないが、もう、慣れても良いのにな…。
あ、そうか。もう、慣れる必要もないんだ。最後の一つを捨てたから、これをやり過ごせばそれで完了する。
首筋迄朱色に染めて俯いていた少年が、いきなり顔色を失った。
その変化を声もなく眺めていたこの部屋の主には、怜の心の中で何が起こったのかは推し量る術もなかったが、見た目通りの、第一印象通りのお子様ではないらしい…と察しが付いた。
この子は何を、抱えているのだろう。
ほんの少し前迄全く存在していなかった感情が、いきなり沸き上がって来た。が、聞き出そうとは思わなかったし、それを態度に示そうとも思わなかった。
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