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 つい昨日迄、テレビを見て一緒に笑ってくれていた母が居ないのだ。姉も居ない。そして気が付いたら、”自身の感情を自分以外には悟らせない術”を身に付けた、妙に冷めた可愛いげのない、子供らしくない今の自分になっていた。  だから、にっこり微笑んで、心にない言葉を声にするのに何等抵抗を感じない。大人達の顔色を伺って、その大人が望んでいるらしい答えを言葉に出来る。それが、怜が学んだ生きる術。  先生の望んでいる”優等生”をやっていれば、姉は安心した。  先生の望む答えを返していれば、姉に迷惑を掛けずに済んだ。  それだけを考え、それを実行したら、少年らしさはないが先生方の受けの良い、成績優秀な”優等生”になっていた。  家でも理解のある、手の掛からない、理想的な弟である。  冷静沈着、容姿端麗、頭脳明晰な元生徒会長は、無口無表情の冷血漢。唯、世界を舞台に大活躍している姉に似ているせいで、女子にはとってもモテていた。が、男子からは、彼の優秀な成績と殆ど変わらぬ表情のせいで反感を持たれている。  しかし、怜には更々関係のない話だ。今の自分は自らが望んだ結果なのだから、ある種の満足感を感じている。  両親が他界したのが小学校の入学式当日。姉に手を引かれ小学校に向かった怜は、玄関先で手を振ってくれた両親が来るのをずっと待った。けれど、父も母も来てはくれず、その日の朝の姿が、生きた父と母の最後の姿となった。それが、今から八年前の話。  その同じ年、有名私立高校の二年に進級していた十歳上の姉は高校を中退し、大学進学も諦め、アルバイトで少しやった事のあるモデル業に専念して、自分を必死に育ててくれた。  そんな姉の姿に怜は心を痛め、己の力のなさに歯噛みし、丸々全部を負い目として背負っていたが、彼女が今日迄くじける事なく頑張って来られ    オトウト たのは、怜が在ってくれたからだ。  両親の死亡により多額の保険金は入ったが、父が興した会社は副社長に騙し取られ、これに税金を引かれたらこの家と僅かな預貯金しか残らず、高校に行く行かないも、考える余裕すらなかった。  大学進学なんて夢の又夢の、厳しい現実を突き付けられた。
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