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姉の為に早く大人にならなくては、強くならなくては、そう思って自分の中に在る要らない部分を切って捨てただけなのに、同級生達には煙たがられていて、友達と呼べるのは、お向かいに住む同い年の幼馴染み雅唯一人。
それが、悲しいと思った事はない。淋しいと思った事もない。寧ろ、それ以外で在ってはならない。だから今日、”弟”と言う名のお荷物も捨てる。
以前、姉が結婚を諦めたのは、自分と言うコブが在ったからだ。
自分が在っては、姉は幸せになれない。
自分が姉を幸せにするつもりだったけれど、今日、それは出来ない事だと知ったから、”弟”である事を辞める事にした。
姉の泣く姿はもう、見たくなかったから、あんな嬉しそうな姉の笑顔を両親が他界してからこっち、見た事がなかったから、だから、それを失いたくないと思った。だから、”弟”を捨てる。
尊敬出来ない人物だったけど、あの男なら姉を幸せに出来るのだろう。
そして、姉を大切にして貰う為には、自分は邪魔なのだ。だから、中三の秋、怜は、”弟”を辞めた。
仕事に出掛けた姉は、十日は戻らない。
食卓の上には、いつもの手紙がお金と一緒に置かれてあった。
怜は、それを手に取るとザッと目を通し、クシャリと手の中で丸めてごみ箱に投げ捨てた。そして、食費として置いてあった現金を財布に入れ、庭に出る。
他界した両親が残してくれた形有る物がこの大邸宅。
ま、姉も、両親が残してくれた宝物だったが、姉と家を同一線上に並べる事は出来ない。姉の方が何倍も大切だ。
アルバムをめくれば、父にも母にも会えた。優しく微笑む母は色褪せた写真の中にいつでも居るし、おどけて納まっている父も居る。なのに、父の声も母の声も思い出せない。いいや、年々薄らいで行く。あれだけはっきりと思い出せていたのに、声も姿も、日を重ねる毎に遠くなって行った。
怜は小さな溜め息を吐くと広い庭の隅でしゃがみ込み、穴を掘り始めた。そして、その掘った穴を丁寧に埋め、家屋に戻る。
今掘った穴に捨てたのが、”弟”としての自分。
この庭に、いくつの要らないモノを捨てたのか、もう、忘れた。色んなモノをここに捨てた。姉の居ない家に戻る淋しさに涙ぐむ幼い日の自分とか、ちょっと風が強いだけなのにビクビクと怯えてしまう自分とか色々…。
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