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風邪を引く覚悟をした上で冷たい雨の中を歩くか、取り合ず雨足が弱くなる迄ここで雨宿りするか、のどちらかだ。まぁ、どちらを選択しても、姉に知られる事もなく何とかなると思うけれど…。
今、家には誰も居ない。だから、お向かいの小母さん、たった一人の親友、幼馴染みのお母さんが気に掛けて顔を覗かせてくれるが、日本生まれの日本育ちのドイツ人で日本語しか喋れない立派なアーリア系白人の小母さんを誤魔化すのはいつもの事で、口だけは並以上に煩い、ちょっと前迄は自分よりもずっと女の子ぽかったくせに気が付いたら半分の白人の血のお陰でグンッと上背が伸び、肩幅も広くなっていた雅を煙りに巻くのも簡単だ。つまり、風邪をこじらせて何日も学校を休まない限り、姉の元に知らせは行かない。
姉は、泊まりの仕事に出掛ける前は必ず、お向かいの小母さんと担任の先生に自分の居場所と連絡方法を知らせて行くが、二~三日意識して安静にやり過ごせば、小母さんにも先生にもバレる事もないだろう。
一番口煩い雅は論外。確かに彼が一番口煩いが、唯喧しいだけなので、いくらでも誤魔化せた。特に舌戦になると、彼に勝ち目はない。良く舌は回るのに辻つま合わせが下手だから、ちょっと捻って理屈で返すといきなり黙ってしまう。ついでに、殴り合いにもならない。子供の頃の記憶が中々結構な威力を発揮してくれて、ギロリと睨み付けたら、これ又押し黙る。
自分の身を心配してガーガーわめいてくれているのは重々承知しているが、そう思うと些か良心も痛んだが、怜の中では姉以上に大切な者はなく、だから、姉に心配を掛けずに済むのなら、相手が誰であろうとにっこり微笑んで、どんな嘘でも平気で吐けた。自分の感情を抑える術も、自分以外には悟らせない術も、特に望んだ訳ではなかったけれど身に付けている。
と、いきなり近くに人の気配を感じ、それに促される形で顔を上げると回りに壁が出来ていて、何だろうとまともに見たら、見た事もない知らない男達が自分を取り囲んでいた。
何かを自分に語り掛けているようだ。けれど、その言葉は一音も怜の耳に届かなかった。と言うか、怜に聞く気がないから耳に届く言葉は理解される前に全て流れ、結局、ボリュームを絞ったテレビを見ているような感じ。だから、ボンヤリとその男達を見上げていたのだが、何を思ってか、中の一人が怜の二の腕をグイッと掴んだ。
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