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「真治。お前、そんな若者カップルに何してたんだよ?」
一番触れられたくなかったことを道夫に訊かれた。真治は飲み終わったペットボトルを口から離さないようにした。
「私が見た限りだと、真治が若い女の子の前に立ちながら、その子のことだけを――」
「うるせえ!」真治は大声で掻き消そうとする。
「真治、お前その女の子のこと好きになって凝視してたんだろ?」全てを察した道夫が子供のように無邪気に笑って真治を問い詰める。
真治は、本来の「無視」を徹底して貫こうとする。
「お前さ、そうやって黙ってたら俺の言ったことが正解だった、で決まりだからな?」道夫は実に愉快そうににやついている。
「ちげぇーよ!」真治が無我夢中に大声を出す。
それと同時に、車内の乗客達の話し声が一斉に途絶える。道夫と法子は口をぽかんと開けながら二人して顔を合わせる。そして、にやにやと笑い出した。
「ああ。真治、悪かったな」
道夫が謝る姿など初めて見た。あまりに不意の出来事だった。どうすれば良いか分からず、真治はただ道夫に視線を集中し続けた。
「お前、図星だったんだろ? 顔が照れてるぞ! 別に恥ずかしがることないじゃんか! なあ? その女の子、すげえ可愛かったのか? いやあ、青春だな!」
ひとりでマシンガンのように話す道夫に真治は目を剥き、思った。
てめえ、うぜえ、だまれ。
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