妖精

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 美海部駅の改札機を通り抜ける時、白髪の駅員が客を気にせずにテレビを観ている姿があった。  無人に近い駅に驚かされた真治だが、改札口から出た途端更に愕然とさせられた。田んぼと山によって風景は眩しい緑に満たされていた。  駅のすぐ近くに鼻面を突き出した古びれたバスが停まっていた。都会では見ないデザインと会社名だった。ちょうど清花と隼人がバスに乗り込む姿が真治から見えた。  真治がバス停に向かおうとした時、バスは砂埃を巻き起こしながら陽炎の中へ去っていってしまった。  一瞬、左肘を張って窓に寄りかかる隼人の姿が目に映った。隼人の方はこちらの存在に気付いていないようだった。  真治は、バス停で次のバスを待とうと法子に提案した。しかし道夫は「バスは一日に四往復しかないから、次は三時間近く来ない」と言った。  不本意ではあったが、ひたすら遠くまで続く道路を歩く事となった。空は曇っており、真治は美海部に冷たく出迎えられたような気がした。  道路は先程電車で通った線路に沿っており、向こう側には深緑の山並みと村落が見える。 「そっちに宿があったら楽なんだけどな、俺んちの宿はあっちだ」  山辺にある村落を見つめる真治だったが、道夫は真っ直ぐに延びた道路の先を指差す。陽炎の所為で道路の少し先までしか見えず、いつまでも目的地に辿り着けない気がした。  道路を歩き始めて二十分くらいが経った頃。空を覆ってた雲が何処かへと流れ去り、先程まで黒く見えていた道路が突如灰色の姿を露わにした。と同時に、強烈な日差しが真治たち一家に差してきた。  踏み切り前で立ち止まり、真治と道夫が同時に呻き声を上げた。自然とお互いが顔を見合わせる。  道夫は歯を剥き出してせせら笑っている。真治は舌打ちをして法子の方へ顔を逸らす。法子の口元も笑っていた。  真治は何事も無かったかのように、踏み切りを通り抜け、そそくさとひとりで先頭を歩き出した。
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