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真治の父親は五年程前に病気で他界した。それから四年半後、今からおよそ半年前に道夫(みちお)がやって来た。
その日、真治は夕食の時間に学校から帰宅した。すると、母親の法子(のりこ)と二人だけだったいつもの食卓に見知らぬ男が座っていた。
男の体格は平均男性よりも大きく、筋肉質というわけではないが決してぜい肉を感じさせない。全体的に角張っている。茫々と生やした顎髭(あごひげ)がたくましさを助長するようだった。
法子はその男、道夫を紹介し、近い内に彼と再婚すると真治に話した。真治は酷くそれを拒絶した。目の前にあった皿をテーブルから弾き落とし、すぐに自分の部屋に引きこもった。
法子がドアの前で必死に呼び掛けるが真治は頻りに「出ていけ」と叫ぶだけで、部屋からは出てこなかった。道夫は二人のやり取りを見て、その日は黙って帰っていった。
それからしばらくして法子は道夫と再婚をする。結局、真治が二人を心から祝福することはなかった。
そして、三人の家族になってからおよそ三週間。未だに真治と道夫の間に会話と言える会話は交わされずにいる。たとえ話したとしても、道夫が一方的に話し掛けてくるだけで真治は頷くことさえしない。
真治はどうしても道夫を父親として認めたくない。自分の父親はただひとりしかいないと片意地を張って止まない。
しかし、刻々と道夫が家族として馴染んでくる。それを痛感するたびに真治は頭を抱えた。そんなことをやっている内にストレスが溜まりに溜まってしまった。真治自身も危機感を覚え始め、「癒やし」が必要だと判断した。
真治は窓際に置かれたヒメヒオウギの深紅色の斑点模様をぼうっと眺め続けた。たまにヒメヒオウギを妖しく染める月を仰視したり、月明かりに照らされた自分の青白い手を見つめたりもした。
少しの間だけ目を瞑り深呼吸をする。そうして真治はベッドの中に身を放り込む。夏休みが始まった二週間ほど前から、毎晩そこで物思いに耽(ふけ)る習慣ができてきていた。
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