140人が本棚に入れています
本棚に追加
「その手袋…、さっき俺を穴に引きづり込んだのは…ッ」
アトリスがその先を口にしようとした時、不意に目の前に居る男の姿がぼんやりと薄くなり掻き消える。
通常ではありえない出来事に、アトリスは金魚のように口をパクパクとさせ、唖然と男が消えた場所を凝視した。
「さぁ、アリス。白兎を追おう」
男の声が耳元で聞こえる。
肩に掛る重さ、頬に触れる柔らかい髪。
革手袋の独特の感触が静かに首筋を撫でた。
その感覚に思わず息が詰まる。
それでも、微かに震える唇をアトリスは無理矢理開き声を出した。
「お、俺は…、俺はアリスなんかじゃない! 第一、なんで白兎なんか追い掛けなきゃいけないんだッ」
アトリスが声を張り上げる。
アトリスの精一杯の叫びが長く先の見えない廊下へと響いていった。
しかし、それすらも男は気にせずに話を進める。
「君はアリス、それは変わらない。そしてアリスは白兎を追う者だ」
男の声が耳元で響き、その瞬間肩の重みも、革手袋の感触も消え去る。
その途端、長く延びる廊下に点々と灯りがともった。
まるでアトリスを誘うように。
最初のコメントを投稿しよう!