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1月某日。
その日は案外とあっさりやってきた。
年末年始を海外で過ごした邦人達の帰国はまだ多く、広い上に混みあう成田空港をバンビが1人、滑稽なくらい大慌てで走り回っていた。
「き…聞いてない! スケート靴の機内持込み禁止なんて…聞いてない!」
そうそうないドモジェドヴォ行きの便に乗り過ごすわけにはいかない。やっと見つけたグランドスタッフに血眼で迫ってどうにか預けられた。
息せきついてベンチに崩れる。これまた迷子になりながらたどり着いた搭乗ゲートは人少なだったが、これから一緒にモスクワを目指すのであろう人々がまだらにいた。
1人で新聞を読んでいる白人男性はビジネス風、年若いカップルは観光旅行らしく肩を寄せてガイド本を見ていたり、あるいはこれから長く会えなくなるのか、旅立つ娘を囲みしみじみと話しこむ家族などをバンビは微笑ましく見ていた。
「涙なんか見せたくないからみんなの見送り断ったのに、そんなにジィンとひたる暇なかったなぁ~…」
手にはチケットと、坂野の手紙。
「……先輩、読んでくれたかな。あきれてるだろうなぁ……。」
苦笑いして背伸びする。大きなガラスの向こうには飛行機と冬晴れ。旗を見ても風も感じない今日はさぞ離陸もスムーズなのだろう。
むこうのゲートからまた一機、飛んでいく。
飛行機に10時間乗るくらい、遠くに行くくらいなんでもない。
バンビは出発が迫っていよいよ溢れそうになるあれこれを、必死に深呼吸してこらえた。
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