259人が本棚に入れています
本棚に追加
――……
―――……
場所は変わって倉庫街――…
港に近いこの場所にはいくつものコンテナが立ち並んでおり、海が運んで来る潮風の所為か錆びているそれも少なくない。
しかし、そこは既に倉庫としての機能を果たしておらず、無法地帯と化している。
更には浪人が多く徘徊するようになり、一般人が立ちいる事も、行政が立ち入ることも滅多になくなった。
故にここは――"死の港"と呼ばれるようになったのだ。
その死の港の中を、一人の黒服の男がゆっくり歩いていた。
全身を黒に包まれて男は先程まで閉じていた上着の前を全て開き、中の白いシャツを惜しげもなくさらけ出している。
そこに描かれた十字架には、白き虎が我が物顔でその十字架に前足を乗せて、こちらに向かって吠えているようだった。
虎の眼光は他のそれとは違い、赤い。
男──海斗はふと道の真ん中で立ち止まり、呆れたように息を吐く。
誰もいないはずのこの場所で、"潜んでいるであろう"誰かに向かって言った。
「…いい加減出て来たらどうだ?殺気剥き出しにしておいて、本気で隠れてる気になってるなら笑ってやるよ」
海斗の言葉を合図として、誰もいなかった倉庫街に幾つもの人影が彼の周囲に浮かび上がる。
影はコンテナの上から飛び降り、"鼠色"のコートを翻しながら海斗を取囲む。
フードに隠れて上手く見えないが、隙間から覗く肌の色や耳の形の違いが、人にあらざるものということを言外に告げる。
「流石は我等が"好敵手"というところか」
一人の首領らしき男が輪の中から一歩前に出る。
誤魔化すのは無駄だと分かるのか、それとも対等でありたいのか、前にでた男はフードを外して己の顔をさらけ出した。
口に描かれた弧はどこか卑しく、酒を思わす琥珀の瞳は濃い顔により強い印象を与える。
肌の色は褐色なれど、耳の形はヒトの物ではない。尖ったそれは、頬にある痣のような紋と共に一人の空人である事を表している。
その空人は言った。
「真選組の"鬼副長"でも気がつかなかったというのにな。…やはり"虎の血"が騒ぐのか?」
「……御託はそれまでにしときな。そろそろ演ろうぜ?"ハグリー・フォーカス"さんよ」
虎の血という言葉に顔をしかめて、海斗は腰に差す黒い刀を抜いた。
光を反射する黒い刃が周囲を囲む空人達を写しだし、当てられた殺気に震えているようにも見えた。
最初のコメントを投稿しよう!