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「サオリ行くわよ、早くしなさい」 「待ってママ」 「昨日のうちに用意しときなさいって言ってるでしょ」 「うるさいなぁもう、はいはい」 「ほら、早くして、鍵閉めるわよ」 「じゃあママ、頑張ってね!」 「サオリも気を付けて行ってらっしゃい」 朝、旦那を送り出して中学生の娘と、いつもと同じように家の玄関に鍵を掛けて、わたしは駅へと急ぐ。 駅に近い綺麗に整備された新興住宅街に1年前に購入した、35年ローンの一軒家はとても快適ですごしやすかったが、金利とともにローン返済が厳しくなるのではないかと、一度辞めた職場へ再度パートとして復帰することで、将来の不安を誤魔化している状況だった。 職場は電車で30分程の、オフィス街のテナントビルの一画にあり、大手家電メーカーの子会社で、お客様問い合わせ窓口や技術サポートをおこなっている会社だ。わたしはそこで長年のあいだ、技術オペレータとして働いている。 大半が女性という職場で、色々と女性特有のねっとりしたあまり嬉しくない雰囲気はあるものの、仕事自体はとてもやりがいがあり、わたしは再就職するにしても、またこの仕事がしたいと強く希望して復帰したのだった。 ただわたしにとって耐えられないのは、通勤電車である。 あの車両という密室の中で、見ず知らずの大人たちが朝のラッシュの中、本を読んだり新聞を読んだりしながら肩を寄せ合う、一種異様な状態の中に30分も居なくてはならなのだから。
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