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「僕を地上に連れて行って下さい」
奴は男が女を口説くセリフの代わりにそう言った。振り返った私は固まるしかない。その隙に奴は乱れた息を整えて、続けて何かを告げる。
「僕はあなたの秘密を知っています」
見上げて来る瞳の中に、人工ではない光があった。
「秘密ぅ? なんであんたがそんなこと知ってるのさ?」
そこは、奴の家だった。暖かいココアを両手で包みこんで口元に持っていく。甘ったるい香り。とろりと流れ落ちる感覚。それは、なんだか懐かしい記憶を蘇らせる。
地下の世界では、あまり触れ合うことのないものだからなのかもしれなかった。
「僕のおじいちゃんがよくあなたの話をしていたんです、命の恩人だと。写真も持ってたので、一目見た瞬間わかっちゃいました」
奴はいたずら好きな少年のように笑った。くるくるとよく動く蒼い瞳が、奴を無邪気に見せる。腹の底にはどす黒いものが渦巻いていると見たが。
そして、言っていることに思い当たる節があるから、もうどうしようもない。
確かに覚えがあるのだ、奴とよく似た青年を助けたことを。もしかしたら、私が奴について行く気になったのは、それにも一因があるのかもしれない。
どちらにしろ、今更遅すぎるのだ。
「で?」
その声は不機嫌であることを匂わせるものだったが、奴は動じずにどういうことか聞くように首を傾げた。その拍子にひとつに結んだ金の髪がさらさらと滑り落ちる。
非常に腹が立つ。
「・・・・・・協力してやるから、どうやって地上に出るつもりなのか聞いてんだ」
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