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はあ、と奴に聞こえないようにため息をつく。聞かれるといろいろうるさいからだ。
そのため息は、政府がなぜ地上の出入り口をよりによってこの一族に守らせたか、奴をなぜこんな性格に育ててしまったのか、さまざまなことにむけられたものだった。
手に握る鉄の棒はほんのりと暖かかった。それが安心感を与えてくれる気もしたが、ひどく錆び付いていることがわかり、何百年も使われていなかったことを実感させられてしまう。
私と奴はひどく簡単に地上へと続くはしごを見つけて、先ほどから登り続けているのであった。
「ねえ、どうしてあんたは地上に行きたいの?」
私の声が暗闇に波紋を広げた。しかし、その波紋はたいして広がることも出来ずに土の中に吸い込まれていった。
地上にはもう何もあるはずがない。だと言うのに、なぜこの人は地上を見たいと言うのだろう。もう死んでいる場所でしかないのに。
「夢なんですよ。幼い頃はこの薄暗くて、狭い世界が大嫌いで。だから、母に読んでもらった物語の世界にずっと行きたかったんです。それが例え死んでしまった世界だとしても。それじゃ、いけません?」
下にいる奴の顔など分からないが、笑ったのだと思った。会ったときと同じような無邪気な笑みを。
「さあ、知らないね。でも、その様子じゃ今は好きみたいじゃないか、この土の中の世界が」
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