心抉

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 自らをロウと名乗るその男。    何でも屋をしているらしいそいつは、いつの間にかステージの縁、というか私の隣に座っている。      彼が腹の立つ話し方をするからだろうか?      元々私も限界だったからだろうか?      いつの間にか私は、見ず知らずのロウに向かって不満をぶつけていた。    その度に白い歯を見せて笑うロウ。それがなんだかすごく腹が立って、私の声はしだいに大きくなっていく。   「私が歌いたいのは歌じゃないんだ! 歌を歌ってるだけじゃ伝わらない……。私がしたいことはこんなことじゃないっ!」   「あ~あ~なるほどね。わかるわかる」      その、時々すごくテキトーになる返答。それが…      何処を見ているのかわからないやる気のない目。それが……      常に笑っている口元。それが!      すごく、すごく腹が立つッ!     「……何が?」    いつの間にか私の口からこぼれていた言葉。それは考える前に勝手に出た私の心の声。    ここで止めることもできた。でも、   「え~?」    私はこんなに辛いのに、こんなに悩んでいるのに。    いつまでもヘラヘラと笑っているロウが許せなくて、我慢……できなかった。   「何がわかるのッ!? 真剣に歌ったことのないアンタに私がどんな気持ちで──」      歌っているかわかるの?      そう続くはずだった私の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。   「わかんないけど?」   ロウのその言葉にも反応できない。   「お嬢さんの考えていることは全くもってわかりません」      じゃあさっきわかるって言ったのは何故?    そんな簡単な言葉すら言うことができない。    口を塞がれた訳でも声が出なくなったわけでもない。    ただ、   「お嬢さんが何を考えてるかは解ってあげれないが、何をすればいいかは判るよ」      ロウの笑顔が、消えたんだ。     「歌えばいいよ。その気持ちを歌えばいい」      無音の室内にこだまするその声が、なんども私の鼓膜を揺らしていく。    私の体重が掛かった右腕、弦を弾くこの右腕が、ステージの板をミシッと軋ませる。    いや、もしかしたらそれは、私の心が軋んだ音だったのかもしれない。
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