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街…、周囲にマンションが並ぶ中、ぽっかりと余り物のようにあるその幼稚園で…、1人の幼稚園児が女の子に仰向けに担ぎ上げられ、その両肩を支点に強引に背中を曲げられている。アルゼンチンバックブリーカーという技だ。遠目に見ても背中のきしむ音が聞こえてきそうで痛々しい。
「ぎゃああああああああああ!!」
男の子は悲鳴を上げている。
「やべーよ、あれ!会長マジじゃん!後遺症とか大丈夫かな」
「大丈夫だろ、正晴はめちゃくちゃ頑丈だからな!この間も会長のパイルドライバーくらって脳天を地面にぶつけたけどタンコブだけですんだし。」
「ぎゃあああ!びゃああああ!りぎゃあああああ!」
女の子…会長は正晴をようやく投げ捨てた。
「今日はこのぐらいで勘弁してやるが、次やったら背骨へし折ってこの幼稚園の屋根に輝くシャチホコにしてやるよ。」
正晴はピクリとも動かない。周りの園児たちはひそひそ話をしていた。それは早朝、午前8時前のさくら幼稚園、園庭での出来事であった。
その約30分後の園長室内―――
「あー、君が新任の先生かね。まぁ適当によろしく。」
「は、はい!よろしくお願いします!」
この新しくさくら幼稚園にやってきた保母さん、石津早織の挨拶が終わるやいなや、園長先生は机に突っ伏して眠ってしまった。
「ぐ、うごぉー、ふがっ、」
みっともないイビキをかき始めた園長を不審そうに見ながら早織先生は園長室を後にした。
この「さくら幼稚園」は90年近く続く名門幼稚園だという。周辺のベッドタウン化が進み、マンション・コンクリート・ジャングルに埋もれてしまったが、子供をのびのびかつ知性にあふれるよう育てることをモットーにした、エリート幼稚園である。有名小学校に進学する園児も多い。
石津早織はイイトコのお嬢様であるのだが、予てからの夢であった保育士となり父親が園長と知り合いであるこのさくら幼稚園に推薦されてきたのだ。
「行きましょう、修くん。」
早織先生は廊下に待たせていた男の子に手を差し伸べた。早織先生の赴任と同時に転園してきた中村修くんだ。
「…」
恥ずかしがっているのか何も言わない。
しかし早織先生が手を繋いで歩きだすとついてきた。
※絵・calsさん
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