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ここは私立S学園。中高大学までエスカレーター、自由・自治・自律をモットーにした学校である。
あたしはどこにでもいる普通の女の子で、特別目立たず、大それた夢もない。高校に入学するからと言って、とんでもない事をしでかしてやろうとか、キラめく思い出を作ろうとか、そんなことは思っていなかった。
だからと言って、まるで希望がないわけでもない。
どんなクラスメイトがいるのかとか、何の部活に入ろうかとか、それなりにドキドキしていた。
桜舞い散る入学式の後、新入生は部活見学をする。
割と自由な学園なので部活動は盛んで、勧誘はかなりの盛り上がりを見せる。中高一貫なだけあって、部数も人数も倍だ。
(テニス部にしようかな。軽音も悪くないな)
ポスターの貼ってある掲示板の前で悩んでいると、色んな先輩から勧誘された。
「野球部のマネージャーやらない?」
メジャーな部は人海戦術で、手当たり次第に声を掛けている。
「クッキング部なんてどうかな」
大人しめの部はアイディア勝負で、クッキー持参。
「オカルト部…ど、どうですか」
ちょっとヤバイ部は、やっぱりそれっぽい人に声を掛ける。
あたしの場合は、スポーツも音楽もそこそこ出来る代わり、これと言って特別に得意なものもない。だから余計に悩む。
(どうしようかな)
思案していると、不意に誰かに手を引っ張られた。掲示板前は新入生と勧誘部員でごった返しているから、誰に引っ張られているのか分からなくて、一瞬戸惑った。
「ちょ、ちょっと待って!誰?」
引っ張られるまま、人込みから少し出た所まで連れて行かれて、そこで初めて相手の顔を見た。
(中学生?)
相手は赤いネクタイをした男子生徒だった。
この学校は中高の制服が一緒で、ネクタイ、リボンの色で見分ける。赤が中学生、青は高校生だ。
あたしは高校受験組だから、もちろんこの中学に知り合いなんかいない。目の前にいる男の子だって見覚えはないし、初対面だ。
「もう部活は決めましたか?」
まだ少し掠れた声変わりが完全に終わっていない声。あたしは首を横に振った。
「それは良かったです」
彼がにっこり笑った。銀縁眼鏡を掛けていて、それで大人っぽく見えるけれど、笑うとまだ幼さが残っている。
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