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   俺にとって川に、海に関するものは全てが特別なものだった。  剣を始めてすぐの話だ。大切な人が、好きだった。川が生み出す輝きを。  そんな彼女に与えた海は、彼女のどこかに残っているのだろうか。今では、知る術もないのだけれど。  降りしきる雨が嫌だった、あの頃。川を濁らせる雨。光を失わせる雨。彼女に会わせない、雨が。  彼女の名前は、今もはっきりと覚えていた。 『みね』  あの時、彼女ははっきりとそう言ったのだ。  ある日突然、彼女はいなくなった。来なくなったのか、それとも来られなくなったのか。いつまでもいつまでも待ち続けたけれど、駄目だった。  子どものことだ。そのうち諦めてしまった。いつかまたどこかで会えると、楽観的にしか考えられなかったから。  家人に、そのうち聞いた。みねは、売られたのだと。食い扶持を減らすために、江戸を去ったと。  驚きすぎて、訳がわからなくて。それなのに、まるで垂れ流しているかのように涙だけが頬を這っていった。  もう、十年以上前の話だ。  
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