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だから、なのだろう。源氏名を聞いたとたんに、彼女を思い出したのは。
丁度、外に音もなく降り続けている雨も手伝って。
幼いながらに、大切に思っていた。彼女を笑わせるために、子どもの心を砕いていた。あの時、最後に彼女に話した海の話もそうだ。
川の光しか知らない彼女。海の美しさを、知らない彼女。水の恐ろしさを知らない、彼女に。
彼女にとって、水は美しいものに他ならなかった。あの時の俺にとってもそうだった。
彼女と会えなくなってからの水は、俺にとってはなんの価値もないものになってしまった。……今も、それは変わらなくて。
「とりあえず、今度行ってみましょうよ」
「懐があるやつは、軽く言うがな」
「もう少ししたら給金出ますよ。原田さんあたりも誘ったらどうです? あの人が泣いてみなさい、見ものですよ」
「それは確かに」
藤堂は指を折りながら名を列ねていく。
「ついでに土方さんとか」
「なるほど」
「それから沖田」
「総出で連れてく気か」
「その方が安くて済みます」
「……お前にゃ敵わんよ」
「お互い様ですよ」
小さな子ども。そんな幼い笑顔を見せた彼の目が一瞬だけ、ぼやけてしまっているはずの彼女と重なったような気がした。
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