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  「本当に、いい音なんだろうな?」 「ええ。私、あの子の音が鳴っただけで涙が止まらなくなるんです」  問うた藤堂に、芸妓は言った。 「あの子は三味と箏をやっております。音が好きで、弾かせてみたらまあなんと綺麗なこと。藤堂はん、あんたがいくら惚れっぽいからって、あの子は盗らないでおくれやすねえ」 「しかし、どうして客の前に出ないんだ?」  遊女は少しうつ向き、その細い人指し指をそっと唇に当てた。 「……顔が悪いとかじゃなくて、すこおし事情がありんす。だからねえ、何も仰らんといてくださいな」  ちらりとその言葉に目を横へ滑らす。  藤堂はまだ何か言いたげであったが、それ以上は追求しないほうがいいと思ったのだろうか。話題を探すようにさりげなく視線を動かし、俺ともろに目が合った。 「永倉さん、飲まないんですか?」 「飲んでるよ」  俺は軽く猪口を振って見せた。 「楽しみでしょうね? 今日は箏らしいですが」 「俺に風流があると思うか」 「またそんなことを」  藤堂の言葉に苦笑を返したときだ。ここの主人らしき男が上座の近藤局長に頭を下げたのは。  近藤がそれに首を振ったのを見れば、あらかた予想はついた。  ああ、始まるのだ、と。  瞬間鳴った調弦の音に、間は静まり返った。  
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